「生きているのが辛い」
そう思う原因は様々です。
人と関わって生きていく限り楽しいことばかりとは限らないし、親・上司・同僚・友人など周囲が敵に見えてしまうこともあります。
かといって、一人で社会で生きていく、それは現実的な選択ではありません。
ではどうすればいいのか?
結論:固定観念を捨てる。
今回は固定観念を捨てて、誰にも何にも縛られずに楽に生きる方法について記事にします。
何より私自身が固定観念に縛られ続けていましたので、その呪縛を解いた方法を実体験をもとにお伝えします。
自分を縛っているもの
自分を縛っているものは、
立場や、お金、場所、あるいは過去の栄光とか人によって様々です。
でも実際に縛っているのは、自分自身の思い込みであることが多いように思います。
かくいう私自身も何か才能に恵まれているわけでもなく、お金持ちの家に生まれたでもなく、どこにでもいるような、ただゲームや漫画、音楽が好きなインドア寄りのごく普通の人でした。
私はこれまでいろいろなものに縛られ続けてきました。
今回は私自身の実体験を元に、固定観念を持ち続けることのリスクとその固定観念を変えた方法について、記事にします。
固定観念
『大辞林』では、他人の意見や、周囲の状況に応じて変化しない、行動を決めているような観念。
固定観念は人の経験や得てきた知識から形成され、思考の基盤にはなるが自由な発想を制限する。まだ考えるための時間の余裕はあるのに、固定観念の枠にはまってしまうと、固定観念の枠の中で堂々巡りし行き詰まり状態になることがある。偏った情報が蓄積されることで固定観念が形成されることもある。
Wikipediaより抜粋
私にとっての固定観念
私にとっての固定観念は、
例えば、いい子・真面目な子でいなければいけない、全ての人から好かれたい、人に嫌われたくない、空気を読まなければならない、年上(男性)が年下(女性)に奢らなきゃいけない、大人は子供のようにわがままを言ってはいけない、保険には入らないといけない、家を建てなければいけない、貯金をしなければいけない、とかとにかく数多くありました。
これらのような固定概念に縛られて、自分が動けない状態だという自覚は、ごく最近までありませんでした。
「それは社会に生きていく以上しょうがないことで、それが大人になるということ。」
と人生の先輩方から大小様々なアドバイスを受け、湧き上がるもやもやを振り切って生きてきました。
それはある意味諦めにも似た感情でした。
さらに、夜勤や飲み会の次の日などに、体の疲れやすさや筋肉の衰えを感じるようになったり、鏡で自分の顔を見れば、いつの間にかシミやシワが増えていたり。
20代の頃にはどんなに無茶苦茶な生活をしていても一切感じることのなかった感覚や鏡の目の前に立っている自分を見て歳を感じるようになってきました。
このように自分の体の衰えを実感することで、「大人になるってこういうことか」と、色々諦めることで割り切るようになっていました。そうしなければ、自分の心の状態を保つことができなかった、とも言えます。
とはいえそんな希望のない生活を送っていればストレスは確実に溜まってきます。
そして気がつけば、仲の良い職場の先輩や後輩、地元の友達にLINEして、たまの飲み会などでワーっと騒いで、パーっと散財して、ストレスをお酒の力でガーッっと流して出勤と帰宅を繰り返す日々を過ごしていました。
ストレスが溜まれば溜まるほど、私は浪費による散財や飲み会など、一時的な欲求を満たすためだけの快楽を求めていました。特にアルコールは酷かったですね。
実際、現実逃避する飲み会は楽しかった。
頑張らなくていい。大事なのは今、将来じゃない。若い時に楽しまないでいつ楽しむの?
飲み会における名言の数々にも影響を受けました。
今思えば、面白おかしく脚色された武勇伝を聞きたくて飲み会に参加し、自分も話が面白い人のように人気者になりたいと思っていた時期もありました。
特にごく平凡な人生を歩んできた自分にはバックボーン(ネタ)がないから、先輩の話はすごくドラマティックで、刺激的で、ありきたりなドラマや映画よりもリアルで面白く刺激的でした。
たった1日でパチスロ、競馬などのギャンブルで何万円勝った・負けた、とか、女性関係の話とか、男がどうしても本能的に反応してしまう【酒・金・女】(いわゆる昭和の男のたしなみと言われる、【飲む・打つ・買う】のこと)の話が、得意の話術でいっそう面白おかしく脚色されていく。
その話の内容にみんなで爆笑したり、驚いたり、時には泣いていたり、酔いと疲れでそのまま寝てしまったり。
そんな生活をしている中で、ある時にふと気がつきます。
自分の周りを見れば、どんなに身なりがしっかりしていても、遥かに自分より優秀だとしても、苦労している人、悩んでいる人なんていくらでもいる。
自分の悩みなんて社会の中では遥かに小さなもの。
そんな中、無能な自分が幸せになることなんてできない(できるわけがない)。
今この瞬間が楽しければそれでいいー。
全て思考停止して歳を重ね続け、花金だクリスマスだお正月だ夏休みだ冬休みだとメディアが発信し続けるイベントや流行りモノにお金をかけて参加し、浪費し続ける日々。自分の抱える闇(正確には闇ではないのですが)や将来から目を逸らし続けて、気がつけばあっという間に30代になっていました。
みなさんはこんな生き方、したくないですよね?
もしくは今、こんな生活をしているなら今すぐ抜け出しましょう!
固定観念の呪縛を解く3つの方法
私の場合は、
・YouTubeを見る。
・本を読む。
・マインドマイスターで自己分析をする。
でした。その理由について具体的に説明します。
固定観念の呪縛を解く鍵はシンプル。
固定観念に囚われた考え方を自覚して、変える、これだけです。
変えられない、と思っているのは他ならぬあなた自身。
私の場合、
「実は今のポジション(立場)が嫌なんですが」と他人に相談すると、
「そうだったのか。知らなかったよ。」
「えっ?好きでやっていたんじゃないの?」
という答え方をされる事例が少なくありませんでした。
誰もいないから仕方なく嫌々やっていた仕事が、あろうことか他人からは望んでやっているように見えてしまっていたのです。
とはいえ、いままで自分自身で縛りに縛った固定観念の縄を解くのは、簡単なようで難しかったりします。でも、縄をほどき終わった時、
「ほどく前はあんなに無理だと思っていたのに、こんなに簡単なことだとは思わなかった」
そういう気持ちになります。
どういう風に考えて囚われていたのかを自覚して、理解できるようになると、縛られそうなときに気がつくことができます。今までなら縛られていたな、と思えるようになることで対処できるのです。
まずは、あなたを縛っているものは何なのか、から意識することを始めましょう。
今からほどく縄の結び目が分からなければ、ほどきようがないですよね。
でも皆さんはこう思うはずです。能書きはいいから、変える方法を早く知りたい、と。
よく考えてみてください。自分の思考を変える方法は世の中にいくらでもあります。
ネットでググれば、自己啓発系の本だったり、Youtubeの無料動画、あるいはお金払ってサロンに行くなどいろいろなやり方があり、中には詐欺まがいのものも含めて無数にあります。
一番大事なことは、自分自身の頭で考えて、自分自身で見つめ直して、自分自身で自分だけの答えを見つけること。
これができないと何の方法を試しても同じですし、最悪の場合、他人に弱みをつけ込まれることになります。いつまでもあなたの思考は変わりません。
変わった気になっても、本質が変わらなければあっという間に無意識に縛られます。無意識に縛られた場合、自分で自分の可能性・選択肢を狭めているので、自ずと行き着く先は決まってしまいます。
私の場合は、30年以上縛られ続けた固定観念を変えるのに、1年近くの時を要しました。
だから、すぐに、楽に、自分を変えられる方法はないと思って真剣に取り組んでください。
自分を救えるのは、他ならぬ自分自身です。
諦めなければ、1ヶ月でも1年でも、何年かかってでも、自分の考え方の変化に気づくことができるようになります。
私の場合は、
・中田敦彦さんのYouTube大学
・両学長のリベラルアーツ大学
を穴の開くほど見て、自分の知識をインプット。
その次に本を読み、
・FACTFULLNESS(ファクトフルネス)
・Think Smart(シンク・スマート)
活字で自分の頭を使って考え、最後に、
マインドマイスターで自分の価値観マップを作り、自分の考えを整理しました。
マインドマイスターでは、
・自分にとっての幸せとは何か?
・何を大切に生きているのか?
・何をどうしたくて今ここにいるのか?
・人生のやりたいこと
の問いについて答えて、その答えに対し、なぜそう考えるのか?自問自答を繰り返して、自分の価値観を面接を受けているかのように自分を深掘りして、自分が何を考えているのかを整理する、様々な分析に長けたツールです。
初めのうちは、この問いに簡単に答えられそうで、答えられない自分自身に驚くはずです。
彼女、奥様、パートナーがおられる方は、一度パートナーに自分の価値観マップをみてもらってさらに質問してもらうと、価値観の相違がなくなることで絆を深めることができます。
価値観マップの作り方、使い方は、両学長のYouTubeを見るのがすごくわかりやすくオススメです。
私も固定観念を捨て切れたわけではないですが、以前よりは心に余裕を持った生活を送ることができるようになりました。
皆さんも固定観念に囚われず、自分自身が望む人生を歩めるようになることを願っています。
何か質問等があればどうぞお気軽にコメントください。
それではまた!
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